ジャズはダイバーシティから生まれた創造的な音楽

音楽

お洒落な飲食店などのBGMは お決まりのようにジャズが流れています。

特にお洒落に敏感な20~30代の女性の多くが ジャズ

「お洒落で大人っぽい音楽」

「自由で洗練されている音楽」

と捉えているそうですが このBGMを聴くために店に足を運ぶ人は まずいないでしょう(店員さんに「これは誰の曲?」と聞いたところで答えが返ってくることはないでしょう)

スマートスピーカーに「こんな雰囲気の曲かけて」と言えば それなりの曲が流れ YouTubeなどにも『作業用BGM』などのコンテンツが溢れている時代です

巷に溢れているジャズですが 「どんな背景でジャズという音楽が生まれたのか?」なんて考えているビジネス・パーソンは少ないと思います

『ダイバーシティ(多様性)』『インクルージョン(包摂性)』『ビロンギング(帰属性)』

といった概念・考え方の必要性が 訴えらえているVUCA時代の今だからこそ 

ジャズという音楽を学び直してみては いかがでしょうか?

そもそも奴隷制度が存在した理由は

アメリカ合衆国は 独立する前イギリスの植民地でした。

先住民(ネイティブ・アメリカン)を奴隷化の試み

15世紀末に始まったスペイン・ポルトガルのアメリカ新大陸植民地経営において 当初は先住民(ネイティブ・アメリカン)を奴隷化しようと試みます

ところが 自分たちの住処を追われたり 迫害を受けていた ネイティブ・アメリカンは それに抵抗して奴隷になることはありません

年季契約奉公人(indentured servant)

年季契約奉公人は イギリスでアメリカ大陸植民地経営のために、契約によって一定期間の労働を義務づけられて渡航した人々のこと

年季奉公人の渡航費用と生活費を 買い主が負担するかわりに 一般的には4年年季で奉公したそうです(流刑者である場合は年季が7~14年)

逃亡の畏れがあるので監視され 暴力的に服従させられました。(白人なので逃亡しても分かり難いというのも理由だったようです)

そして年季期間中は買い主は奉公人を自由に売買できたので 年季奉公人は実質的には「白人奴隷制」だったのです

1619年という年

アメリカにおける黒人奴隷は 1619年8月 オランダ商人によってヴァージニアのジェームスタウンに黒人20人を連れてきて タバコ畑の持ち主であるプランターに売り渡されたことから始まります

そして1619年は 最初の植民地議会であるヴァージニア議会が開設され自治が始まった年です

植民地議会とは? イギリスの北米大陸13植民地において 本国イギリスの議会制度の伝統を受け継いだ植民地の自由人によって代議制の議会のこと

アメリカ最初の代議制議会の誕生という民主主義的なもののはじまりと、アメリカ最初の黒人奴隷の輸入、すなわち生身の人間を動産とする黒人奴隷制度という非民主主義的なもののはじまりとが、同じ時に、同じ場所で、同じ人間によってなされたことのアメリカ史の皮肉である。

それは、たんに皮肉ということ以上に重要な歴史的意味を、その後のこの国の歴史において現実に持つことになるが、この二つの出来事は、偶然とよぶには、あまりにも偶然的でありすぎた感がある

引用:本田創造著書『アメリカ黒人の歴史』岩波新書

イギリスによる黒人奴隷貿易

1672年 イギリスは奴隷貿易独占会社(王立アフリカ会社)を設立

1713年 ユトレヒト条約で、アシエント(スペイン領への黒人奴隷供給契約)を獲得

このことで アメリカ新大陸への黒人奴隷貿易を独占しました

綿花プランテーションが発達したアメリカ南部では 黒人が欠くことのできない労働力となり 黒人奴隷貿易は最盛期を迎えることになります

こうやって 大量のアフリカ黒人がアメリカ地域に送られ 現地に定着していきました

Bitly

ニューオリンズの歴史

誕生は1718年に フランス人によって開拓され「ラ・ヌーヴェル・オルレアン」として設立されました(当時のフランス王ルイ15世の摂政であったオルレアン公フィリップ2世の「新しい領土」の意味)

1722年:フランス領ルイジアナの首府となる

1763年:パリ条約によってスペイン領となる

1775年:アメリカ独立戦争勃発

1776年:アメリカ独立宣言

1783年:パリ条約でアメリカ合衆国独立が承認された

1801年:ナポレオン皇帝がルイジアナをフランスに返還させる

1803年:ルイジアナ州は アメリカ合衆国第三代大統領トーマス・ジェファーソンが当時1500万ドルでフランスから購入して アメリカ合衆国18番目の州となり ニューオリンズもアメリカの領土に

1849年:ルイジアナ州の州都はバトンルージュ市に移る

1861年:奴隷制度をめぐって南北戦争勃発

1865年:南北戦争終結で奴隷解放となる

ニューオリンズには複雑な歴史もあり 港町という性質もあって 様々な人種がいた街なのです

ジャズが生まれた背景

ニューオリンズに連れてこられた黒人奴隷は この街に様々な音楽を持ち込みました

  • 労働の時に歌うワークソング
  • 宗教的な内容を持つ黒人霊歌
  • 1人の呼びかけに大勢が答えるというコールアンドレスポンス

クレオール(Creool)の存在

フランス人・スペイン人とアフリカ人やネイティブ・アメリカンを先祖に持つ ルイジアナ買収以前にルイジアナで生まれた人々とその子孫である【クレオール】と呼ばれる人々がいて この【クレオール】は 奴隷解放までは白人階層の各家庭の家族として 黒人奴隷と比べるとある意味特権的な生活をしていました

【クレオール】は ニューオリンズ市民として教育を受けることも 商売することもできて クラシックのオーケストラの楽団員や音楽教師といった人も存在していたのですが、、、 

1876年:ジム・クロウ法(1964年まで存続)成立によって、クレオールの身分は急落

このジム・クロウ法は 一滴でも有色人種の血が流れているのであれば有色人種としてみなすという「一滴規定(One-drop rule)」が盛り込まれていました

1894年:さらにクレオールを黒人と同じく処遇するという法案が成立

クレオールは 公職から追放され 家業を奪われ カトリック教会から登録が抹消され 町の中心部からも追い出されるようになりました

南軍の軍楽隊の楽器

南北戦争に負けた南軍の軍楽隊の楽器が 安い値段で売られるようになって 貧しい黒人でも 管楽器など手に入れる事ができるようになります

黒人もクレオールも 何か仕事をして お金を稼いでいかないと生活できないので 手に入れた楽器で ブラスバンド を始めました

西欧音楽の素養があった【クレオール】と 楽譜も読めないが独自のフィーリングとリズム感を持っている黒人が交じり合って 独特の音楽表現が生まれました

この【クレオール】の存在は ジャズという音楽への発展に大きく貢献したと考えます

ストーリーヴィル

ストーリーヴィル (Storyville) とは

ニューオーリンズに 1897年から1917年まで設置されていた売春地区

ストーリーヴィルは ニューオーリンズ市政府が 売春ができる地域を制限することによって当局の管理・監視をしやすくする目的で ドイツ・オランダの合法的な赤線地帯をモデルにして設定されました

ストーリーヴィルの一般的な娼館は 一階が バー・賭博場・待合スペース・ダンスホールになっていて 客は好みの女性を見つけて 価格交渉後 二階の個室に上がっていくのが流れ

ダンスホールでは ピアノ奏者や 小規模なバンドを雇い演奏させるのが通例となっていたそうです

映画『ニューオリンズ』(1947年)

バンド・リーダーであるルイ・アームストロング(本人役)とビリー・ホリデイ(歌うメイド役)出演している映画『ニューオリンズ』

この映画の中で ルイ・アームストロングがビッグ・バンドを率いてダンスホールで演奏したり 店の名を大書したトラックの荷台で演奏しながら街を練り歩いて客引きをしているシーンがあります

映画『プリティ・ベイビー』(1978年)

ブルック・シールズが12歳の売春婦(ヴァイオレット)を演じて話題を集めた『プリティ・ベイビー』

この舞台となっている娼館では 黒人ピアニストがアップライトのピアノでラグタイムを演奏しています

ヴァイオレットの「処女のオークション」で 中年の白人男が400ドルでそれを落札します。落札が決まった瞬間には ジャズ・バンドが演奏を始めます

Bitly

ジャズはストーリーヴィルで音楽をやる黒人たちによって生まれ育った

「Jazz」という言葉の由来には 諸説あって定説はないと言われています

由来と言われている単語は 性行為の隠語:「jass」 精液や射精の隠語:「jism」 尻の意味:「ass」などがあげられています

ジャズという言葉はニューオリンズの娼館で 規定の時間をオーバーした客に女主人が

「Jazz it up!(とっとと終わらせな!」

と怒鳴ったのが「ジャズ」の由来だという説もあり

『ジャズは アメリカ・ルイジアナ州の港町、ニューオリンズで1900年頃に誕生した』

という定説になっているのかもしれません

ジャズはニューオリンズからシカゴへ

1917年に公娼制度が廃止となり ストーリーヴィルは寂びれていきます

働き口を失った多くのジャズマンの演奏する舞台は シカゴに移ります

1920年の禁酒法の発令で 酒場は非合法の裏の世界として栄えるようになり アル・カポネなどのギャングは ジャズマンたちを自分たち酒場で演奏させました

まとめ

ジャズは 歓楽街の音楽として生まれ

娼館に関係した人たちに愛され

ギャングの恩恵を受けて発展していきました


ジャズは、そういった人間の底辺のところから育っていったという歴史があり

『ダイバーシティ』『インクルージョン』『ビロンギング』といった 今必要とされている概念や考え方のベースを教えてくれるのが ジャズ なのかもしれません

コメント

タイトルとURLをコピーしました